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<title>羞恥心と共に…</title>
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<description>羞恥心。一世を風靡し、現在活動休止中。その奇跡の軌跡に迫る。</description>
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<title>上地雄輔が“遊助”名義でソロデビュー　自身作詞の「ひまわり」を発売</title>
<description> 　今月2日（金）をもって歌手活動を休止した人気ユニット・羞恥心の上地雄輔が、「今年新しく始める物の1つ。『遊助』ソロ活動」と“遊助”名義でソロ活動を開始することを7日（水）付のブログで発表した。3月11日に、昨年行われた『ヘキサゴンファミリーコンサート』などでも披露した上地作詞の「ひまわり」を発売する。　コンサートでの披露後、CD化を望む声が上地ブログのコメント欄に数多く寄せられていた「ひまわり」。すでに予
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<![CDATA[ 　今月2日（金）をもって歌手活動を休止した人気ユニット・羞恥心の上地雄輔が、「今年新しく始める物の1つ。『遊助』ソロ活動」と“遊助”名義でソロ活動を開始することを7日（水）付のブログで発表した。3月11日に、昨年行われた『ヘキサゴンファミリーコンサート』などでも披露した上地作詞の「ひまわり」を発売する。<br /><br /><br />　コンサートでの披露後、CD化を望む声が上地ブログのコメント欄に数多く寄せられていた「ひまわり」。すでに予約が殺到しているが、レコーディングはまだ行っていないという。だが上地は「絶っっっ対良い物作るから」と意気込んでいる。<br /><br />　CDのデザインなどにも上地のこだわりが反映されるようで「レコード会社のスタッフみんなには時間が本当にないのに『今までこんな事言う人いないですよ？』と何回言われたか分からない程ムチャクチャなお願いや企画を出して相当困らせております」と明かしている。<br /><br />　08年をハイスピードで駆け抜けた羞恥心が、09年はソロとしてどのような活躍を見せるのか注目だ。 ]]>
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<dc:subject>上地雄輔</dc:subject>
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<title>おバカが紅白制圧！羞恥心４７．８％で１位</title>
<description> 　昨年大みそかの「第５９回ＮＨＫ紅白歌合戦」の歌手別視聴率が５日、明らかになり、フジテレビのクイズ番組から飛び出した混成ユニット「羞恥心　ｗｉｔｈ　Ｐａｂｏ」が４７．８％で１位に輝いた。０７年まで３年連続、計５度の首位を獲得したＳＭＡＰ（４２．８％）を抑える快挙。不景気で“巣ごもり ”した視聴者は、にぎにぎしい“おバカタレント”でウサを晴らす、０８年の世相を反映する結果となった。　２日で活動を休止した
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<![CDATA[ 　昨年大みそかの「第５９回ＮＨＫ紅白歌合戦」の歌手別視聴率が５日、明らかになり、フジテレビのクイズ番組から飛び出した混成ユニット「羞恥心　ｗｉｔｈ　Ｐａｂｏ」が４７．８％で１位に輝いた。０７年まで３年連続、計５度の首位を獲得したＳＭＡＰ（４２．８％）を抑える快挙。不景気で“巣ごもり ”した視聴者は、にぎにぎしい“おバカタレント”でウサを晴らす、０８年の世相を反映する結果となった。<br /><br />　２日で活動を休止した「羞恥心」が有終の美を飾った。<br /><br />　ビデオリサーチ（関東地区調べ）が集計した紅白の毎分視聴率から、サンケイスポーツの独自調査で割り出した出場歌手別の視聴率が昨年のおバカブームを証明した。<br /><br />　フジ系「クイズ！ヘキサゴンＩＩ」から生まれた羞恥心－は、同番組司会のフジの中村仁美アナウンサー（２９）らと登場。中村アナがフジの目玉マークをプリントしたＴシャツをアピールし、お笑いタレントら総勢２０人が歌い踊り、紅白のステージを席巻した。<br /><br />　羞恥心－の４７．８％は、ここ数年“王者”に君臨したＳＭＡＰの４２．８％を５ポイントも離し、３年ぶりに４０％を超えた番組平均視聴率（第２部＝４２．１％）の立役者となった。<br /><br />　また、第１部（午後７時２０分～９時２５分）の歌手別１位は、ユニット「藤岡藤巻と大橋のぞみ」で、こちらも、日本テレビ製作のアニメ映画「崖の上のポニョ」の同名主題歌という“民放キャラ”。午後７時５６分に４０．５％を記録。同ユニットは１２月２９日のリハーサルで昨年内での解散を発表、ラストステージで堂々の数字を獲得した。<br /><br />　一方、初の大トリを飾った氷川きよし（３１）は午後１１時３６分に４６．５％、初出場のジェロ（２７）が同９時３７分に４５．０％と高数字をたたき出し、演歌勢を牽引した。<br /><br />　“民放キャラ”の大健闘について、ＮＨＫ紅白の石原真チーフプロデューサー（５１）は、「幅広い年代が楽しめた楽曲が、ポニョと羞恥心だったのでは。ＣＤセールスとは別に、多くの人が口ずさめる昨年の国民的な曲。不景気の時代に、深層心理で明るい曲を求めていたのかも」と分析。さらに、「民放の宣伝効果もあり、とくにテリーさんの『スッキリ！！』（日テレ）で取り上げてもらったことは大きかった」と紅白応援隊の隊員を務めたテリー伊藤（５９）に感謝した。<br /><br />　今年、６０回の節目を迎える紅白も、“おバカ”と“ポニョ”を超える人気キャラにかかっている、といえそうだ。<br /> ]]>
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<dc:subject>羞恥心</dc:subject>
<dc:date>2009-01-08T08:41:46+09:00</dc:date>
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<title>羞恥心涙の熱唱「普通のおバカに戻ります」</title>
<description> 　０８年に一大おバカブームを巻き起こした３人組ユニット・羞恥心が２日、ユニットとしては最後の仕事となるフジテレビ・関西系で放送された「クイズヘキサゴン２新春３時間スペシャル」に出演した。３人は島田紳助（５１）らヘキサゴンファミリーに見守られ、最後に涙ながらに「羞恥心」を熱唱。約９カ月間の活動にピリオドを打った。それに先立ち１日には神戸、東京でイベントを開催。ファンにも最後の別れを告げた。　　◇　　◇
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<![CDATA[ 　０８年に一大おバカブームを巻き起こした３人組ユニット・羞恥心が２日、ユニットとしては最後の仕事となるフジテレビ・関西系で放送された「クイズヘキサゴン２新春３時間スペシャル」に出演した。３人は島田紳助（５１）らヘキサゴンファミリーに見守られ、最後に涙ながらに「羞恥心」を熱唱。約９カ月間の活動にピリオドを打った。それに先立ち１日には神戸、東京でイベントを開催。ファンにも最後の別れを告げた。<br />　　◇　　◇<br />　おバカで明るいイメージの羞恥心。だが、最後は３人とも涙、涙だった。２日夜に放送された「ヘキサゴン２」の新春スペシャル。番組のラストでデビュー曲「羞恥心」を歌った際には、ヘキサゴンファミリーも涙し、感動的な雰囲気に。上地雄輔（２９）はストールで何度も涙をぬぐった。<br />　同番組は昨年末に収録済みだったため、事実上の最後の仕事は元日に神戸と東京で行ったイベントだった。ユニットとしてファンと触れ合うのは、これが最後。メンバーは大みそかの紅白出演後、翌朝５時半に起床し空路神戸入り。午前中に神戸でのイベントを終え、今度は新幹線で東京へ戻り、２回のステージをこなした。<br />　超強行スケジュールにもかかわらず疲れもみせず「弱虫サンタ」など５曲を熱唱。最後はキャンディーズばりに「僕たち３人は普通のおバカに戻ります」と言い残し、ステージにマイクを置いて去っていった。３人の目には涙があふれていた。<br />　昨年４月にシングル「羞恥心」でデビュー以降、おバカブームの担い手として大活躍してきた。年末にはレコード大賞の特別賞を獲得し、紅白にも出演。太く短い活動だった。リーダー・つるの剛士（３３）は「いろんな人に応援していただきありがとうございます」と感謝。上地も「本当にありがとうがいっぱいです。みなさんのおかげで小ちゃい子からおじいちゃんまで手を振ってくれるような３人組になりました」と号泣。最後はおバカ抜きであいさつしていた。  ]]>
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<dc:subject>羞恥心</dc:subject>
<dc:date>2009-01-08T08:40:23+09:00</dc:date>
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<title>羞恥心の上地雄輔</title>
<description> 上地 雄輔（かみじ ゆうすけ、1979年（昭和54年）4月18日 - ）は、日本の俳優、タレント、歌手。歌手グループ「羞恥心」の「心」・アラジンのメンバー。神奈川県横須賀市浦賀出身。身長178cm、体重67kg。所属事務所はジャパン・ミュージックエンターテインメント。愛称は「ゆうちゃん」、「ゆうにい」「心」（羞恥心の「心」より。）、「上地君」「かみちゃん」「ユースケ」など多数。来歴1979年4月18日、神奈川県横須賀市で長男と
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<![CDATA[ 上地 雄輔（かみじ ゆうすけ、1979年（昭和54年）4月18日 - ）は、日本の俳優、タレント、歌手。歌手グループ「羞恥心」の「心」・アラジンのメンバー。神奈川県横須賀市浦賀出身。身長178cm、体重67kg。所属事務所はジャパン・ミュージックエンターテインメント。愛称は「ゆうちゃん」、「ゆうにい」「心」（羞恥心の「心」より。）、「上地君」「かみちゃん」「ユースケ」など多数。<br /><br /><br />来歴<br /><br />1979年4月18日、神奈川県横須賀市で長男として誕生。六歳から野球を始め、小中学時代に日本選抜に選ばれ野球の世界大会に出場。中学時代でも軟式野球クラブチームの横須賀スターズでキャプテンを務める。中学三年生時には、所属チームは全国大会出場、関東大会優勝を果たした。高校は私立横浜高等学校に進学。在学時は硬式野球部に所属し、捕手のポジションを務めた。その1年後輩に松坂大輔（現ボストンレッドソックス）がおり、松坂が入部して最初にバッテリーを組んでいた。2年生から背番号2を背負ったが、2年夏の甲子園予選の試合中に右肘の神経を断裂したため正捕手の座を1年後輩の小山良男（現中日ドラゴンズ）に譲った（後述1）。<br /><br />複数の大学から推薦入学の誘いを受けていたが、芸能界のスカウトを受け、俳優としての道を志す。1999年にTBS系の連続ドラマ『L×I×V×E』でデビュー。2005年には、得意分野である野球を主としたドラマ『アストロ球団』に出演。その後も端役ながら数々のドラマや映画に出演し、活躍する。<br /><br />俳優としての道を進む一方で、2007年6月、『スリルな夜』『子育ての天才』の撮影時に普段の面白さをスタッフに見初められ、番組宣伝もかねてフジテレビ系列のクイズバラエティ番組『クイズ!ヘキサゴンII』にゲスト出演した結果、珍解答を連発。その後レギュラー解答者となり、のちの『アラジン』のメンバーであるつるの剛士・野久保直樹・里田まい・木下優樹菜・スザンヌ共に『おバカキャラ』として一躍名が知られるようになる。また、2008年4月には、同時期に出演していたつるの・野久保とともに『羞恥心』というユニットを結成し、歌手デビューも果たした（「後述2」）。<br /><br />バラエティー番組の影響からかお馬鹿な一面を強調されることが多いが、底抜けの明るさやで自由で真っ直ぐな一面からも老若男女問わず支持を集め、2008年6月4日には自身のブログ『神児遊助』が「世界で最も1日の閲覧ユニークユーザー(重複しない人)数が多いブログ」（1日23万人観覧）としてギネスブックに認定された[1]。<br /><br />本人が「役者志向」と語るように、バラエティー番組に出演する傍らで俳優活動も変わらず着々と進め、2008年4月、ドラマ『ROOKIES』では普段のキャラクターとは全く違う人物を演じ注目を浴びた。また、同年10月には『セレブと貧乏太郎』にて上戸彩と共に自身初の主演を務め、同時期放送の『スクラップ・ティーチャー～教師再生～』でも準主役で出演するなど、俳優としても活動の場を広げている。<br /><br />[編集] 人物<br /><br />    * 『クイズ!ヘキサゴンII』では「かみじ」が誤読されやすいためか、字幕スーパーでは漢字の上に振り仮名が付けられている時期があった。父方の祖父が沖縄県宮古島生まれであり、「上地」姓もここに由来する。当地では通例「うえち」と読む苗字であるが、父方の祖父が読み方を「うえち」から「かみじ」に改名した[2]。<br />    * 本人によるブログ『神児遊助』が非常に好評であり、テレビ内でブログ王子と紹介される事も多い。<br />    * 同じく本人による著書、「上地雄輔物語」は、タレント関連書籍の初動売り上げの新記録を樹立している。<br />    * 両利きであり、字を書いたりハサミを持つ手は右手で、一部のスポーツや箸を持つ手は左手である[2]。<br /><br />[編集] ブログ<br /><br />始めは事務所に無理やりやらされていたが、やり始めると夢中になり、誕生日の際にはコメント数が5万件・アクセス数が1300万件を超えた。<br /><br />2008年2月6日に開催された『BLOG of the year 2007』では特別賞を受賞。この時は仕事の関係により授賞式には出席できず、ビデオメッセージを寄せた。その後、同年4月12日に上地のブログを閲覧したユニークユーザー（重複しない人）数が24時間換算で23万755人となり、同年6月4日に「世界で最も1日の閲覧ユニークユーザー数が多いブログ」としてギネス・ワールド・レコーズに認定された[1]。<br /><br />[編集] 家族<br /><br />両親が共働きだったため、上地は自他共に認めるおじいちゃんっ子と自称している。<br /><br />実父は横須賀市議会議員の上地克明（無所属・昭和62年初当選・現在6期目）。公式サイトの中の日記においても本人とのやり取りについて度々綴られている[3]。母親は元キャビンアテンダント。また、弟が1人いるが、一般人ということもありほとんど公表されていない。<br /><br />上地が小学生の頃父親に言われた「これからは良い事をされたら100倍にして返せ！その代わり嫌な事をされたら100分の1にして返せ。」という言葉は、長い月日が経ってもブログ等に登場しており、上地の心の内に強く残っている。<br /><br />[編集] 野球<br /><br />少年時代の夢はプロ野球選手だった。<br /><br />1991年（小学生時代）、1994年(中学生時代)と、全日本選抜メンバーとして世界大会に出場。小学生時代はキャプテンとしてチームをまとめ、 4番を張る。中学時代でも軟式野球クラブチームの横須賀スターズでキャプテンを務める。また、中学三年生の年、所属チームは全国大会出場、関東大会優勝を果たした。ちなみに、横須賀スターズでの練習、試合、自主練習などに専念するべく、中学では形だけ理科部に所属した。<br /><br />中学時代に計38校からスカウトを受け、名門私立横浜高等学校に進学。在学時は硬式野球部に所属し、捕手のポジションを務めた。その1年後輩に松坂大輔（ボストンレッドソックス）がおり、松坂が入部して最初にバッテリーを組んでいたのが上地だった。2年生から背番号2を背負ったが、2年夏の甲子園予選の試合中に右肘の神経を断裂したため正捕手の座を1年後輩の小山良男（現中日ドラゴンズブルペン捕手）に譲った。したがって甲子園にはベンチ入りも認められなかった。<br /><br />右腕の神経を断裂した際、監督や家族にも言わず、回復していると嘘をつき数え切れないほどの病院を五ヶ月間一人で渡り歩いたが、回復の兆しはなく、部屋で一人泣く日もあったという。しかし、泣いていたのを見つかり全てを明かし、その翌日枕元に置いてあった母親からの手紙の最後の三行に、「降り止まない雨はないんだよ」「出口がないトンネルはないんだよ」「今が最低だと思うなら、これ以上の最低はないんだよ」と記述してあり心打たれたという。それを読んだ上地は、「夢に向かって日々努力できないなら死んだほうがましだ」と書いた紙を壁に貼り、両親らと病院をしらみつぶしに探した。そして、治る可能性は五分五分という手術を迷わず受け、リハビリを経てなんとか大会に間に合わせた。ちなみに甲子園にはベンチ入りもしていない。<br /><br />高校卒業前も複数の大学から推薦入学の誘いを受けたが断り芸能界に入った。また、野球を止めた理由として怪我を強調される場面もあるが、本人は、「怪我が治って直ぐの大会で以前と変わらない2番で出場だと言い渡された時、喜びより安心感が大きかった自分に絶望した」という理由を挙げている。「いつの間にか好きと言う気持ちを焦りと義務感が上回り、大切なものを見失ってしまっていた」とも語っている。<br /><br />2008年1月19日に行われた松坂軍団対茨城ゴールデンゴールズ（横浜スタジアム）では松坂チーム・SAMURAIとして途中出場。打撃では最初の打席でツーランホームランを放ち、その後決勝犠飛を放って3打点の活躍をあげた。守備では11年ぶりに松坂とバッテリーを組んだ。試合は松坂軍団が7対5で勝利し、上地はMVPに選ばれた。<br /><br />阪神ファンであり、1985年（当時6歳）に阪神が優勝したのを見て感動し、自らも野球をやることを決意したという[4]。ちなみに弟は巨人ファンでポジションはピッチャーだった[2]。また、既に故人となっている祖父の1人はかつて、社会人野球で鳴らしたプレイヤーと「上地雄輔物語」で語っている事から、野球とは縁があった模様。<br /><br />[編集] 交遊録<br /><br />    * 明石家さんま<br /><br />    本人が高校2年のとき、さんまが横浜高校野球部にジュースの差し入れをした[5]際、1人で直接礼を言いにいった上地に対し、さんまが「おまえ面白いから芸能界入れ」と薦めた。尚、さんまは自身が上地を芸能界に入れたとよく語っているが、この出来事は上地の芸能界入りのちょっとしたきっかけとなった[2]ものの、これが直接の動機であったわけではない[6]。<br /><br />    * 小泉孝太郎<br /><br />    昔なじみで、デビュー前からの友人である。ドラマ『狂った果実2002』で初共演を果たし、2007年秋から小泉がメインMCを務める『孝太郎Wキッチン』ではレギュラーアシスタントとして起用され、後番組の『孝太郎が行く2』で共にホストを2番組での通算1年間務めた。兄弟のような仲でありお互いの家族も顔見知り。お互いの家で野球観戦をしたり語り合ったりと、本音をぶつけ合う仲でもある。上地は小泉に対して「男として本当に尊敬している」と公言。小泉は「雄輔には全部ぶつける」とも語っており、「お前が女なら抱きしめてる」と言ったという。<br /><br />    * つるの剛士、野久保直樹、里田まい、スザンヌ、木下優樹菜<br /><br />    『クイズ!ヘキサゴンII』で『羞恥心』というユニットを結成している。『羞恥心』・『アラジン』のメンバー（「後述2」）。 上地は本人に会う前から「つるのに似てる」と言われ、つるのも著書に「自分そっくりだ。」と綴っている。つるのの家族と共にご飯を食べに行くこともあり、子供たちはとても上地になついている。また、女子3人とも「ヘキサゴン」以外で共演する事も多い。<br /><br />    * 小栗旬、やべきょうすけ、山田孝之、高岡蒼甫、高橋努<br /><br />    小栗旬とはデビュー前からの友人で、ドラマ『ごくせん』、映画『クローズZERO』などで共演した事から仲が良くなった。また、誕生日はいつも祝ってくれるという。お互いの家族も顔見知りである。やべきょうすけは、上地が「男の中の男！」とも語っている、兄貴的存在。映画『クローズZERO』の撮影中、東京で仕事がないときは、大阪で仕事のみならずプライベートでさえもこの面々とずっと一緒にいた。<br /><br />[編集] 受賞歴<br /><br />    * 松坂軍団対茨城ゴールデンゴールズ：MVP<br />    * ギネス世界記録：「世界で最も1日の閲覧ユニークユーザー(重複しない人)数が多いブログ」（1日23万人観覧）として認定<br />    * オリコン：「肝試しでペアになりたい男性芸能人」一位<br />    * FNS5000番組10万人総出演 がんばった大賞：2008年秋MVP<br /><br /><br />[編集] エピソード<br /><br />    * 高校時代、急所を守るカップを忘れたとき、何を思ったか石鹸のふたでガードしていた[7]。<br />    * 自転車の鍵のかけ忘れが多く、今まで盗難にあった自転車はかなりの数。それが『ジョニー1号』・『ジョニー2号』・『ジョニー3号』である。三台目に到達したときから絶対に鍵をかけ忘れないようにすると誓った。[2]。<br />    * 寝ている時、自分の大笑いしている声で起きたことがある[2]。<br />    * ランニングをしていた時、6年ぶりに会った『ごくせん』の時のスタッフにジュースを奢ってもらい、洋服のデザイナーに120円を貰い、知り合いに「ウコンの力」を貰い、DJをやっている先輩にCDを二枚貰った。その後も立て続けに、岡田太郎から120円を貰い、クリーニング屋のおばさんにヨーグルトを貰うという出来事があった[2]。<br />    * 有名な占い師に前世を見てもらったら「クーラーのリモコン」と言われた。また、「あなたに来世は無い。あなたの代で終わりだ。」とも言われた。<br />    * 高校時代、「Repeat after me.」を「リピートあんた言ってみ」と勘違いしており、隣の子が正しい意味を説明してくれたという。<br />    * 幼少時代、愛犬に「鈴木さん」という名前をつけた。しかしその後突然姿を消したため、名前を呼びながら町中を探し回り、その結果町中の「鈴木さん」が寄ってきてしまった。<br />    * 小中学校時代は学業面等ではかなりの問題児だったようで、親は大分、学校に呼びされてた[8]。<br /><br />[編集] クイズ!ヘキサゴンII<br /><br />初出演は2007年6月27日放送分。同局『スリルな夜・子育ての天才』の撮影時にスタッフに普段の面白さを見初められ、番組宣伝もかねての出演であった。この回の予選ペーパーテストで、初出演にして最下位となった（ちなみに、街角予想は12位であった）。またクイズ本編では珍解答を連発したり前の問題の答え「フランクフルト」が頭に残り、ヘキサゴンコールの際にフランクフルトの「フランク…」と言いかけてしまい、司会の島田紳助から「メジャー級のアホ」と評された。その後すぐに準レギュラーとなった数少ない人物でもあり、里田まい、つるの剛士、木下優樹菜、スザンヌ、野久保直樹と共に「ヘキサゴンおバカ6人組」と呼ばれるようになり「おバカキャラ」としてバラエティ番組への出演が増えるようになる。<br /><br />2007年9 月頃から出演回の最下位をほぼ独占しており、里田、スザンヌに代わって新たな最下位常連となる。またクイズ本編でもなかなか答えられず「行列早抜け!リレークイズ」では優勝チームが決まった後も彼のためだけにクイズを続ける事もしばしあった。里田の記録を抜き最下位総数のトップ（22回）となるが、2008年下半期頃からは自身の点数の向上により以前に比べると圧倒的に最下位になる事が減り、現在では点数の下降した里田、木下、misonoが最下位争いの中心となる。2008年7月26日のFNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!内でのスペシャル放送分では明石家さんま率いる『パーでんねん軍団』の予選ペーパーテストの成績が悪かった影響で12位と初の中位入りを果たした。そして、同年2月頃から二桁の足し算と引き算の早さが人並み以上であることが判明。確立の問題は野球の打率に例えたりと、島田紳助によって命名された「上地式」の計算方法で成績を伸ばした。<br /><br />番組内では共演機会の多いつるの、野久保と共に「イケメンおバカ三銃士」の愛称で呼ばれる。その後、2007年8月1日放送分の「アナウンスクイズ」で、上地が羞恥心を「さじしん」と読み、正解を教えられても理解できなかったことから、その日から3人のユニット名は「羞恥心」となった。羞恥心の「心」と呼ばれるようになったのは番組内で羞恥心が誕生した直後紳助が「お前ら三人（つるの、野久保、上地）は羞恥心や」と言い、つるのがスザンヌから「羞」と囃し立てられた事から、上地に向かい「心」と言ったことが始まり。その後、残った形で野久保が「恥」となった。2008年3月5日放送分でデビュー曲「羞恥心」を披露し、レギュラーとして定着する。<br /><br />同年10月4日のヘキサゴンファミリーによるコンサートでは、自身がこのコンサートのために作詞した楽曲「ひまわり」をソロで歌った。2009年3月11日にはこのひまわりをCD化する。 ]]>
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<dc:subject>上地雄輔</dc:subject>
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<title>羞恥心の野久保直樹</title>
<description> 野久保 直樹（のくぼ なおき、1981年5月14日 - ）は、日本のタレント、俳優、歌手。静岡県磐田市出身。愛称は、「ノック」「ノッキー」「野久保っち」「恥ー坊」（羞恥心の「恥」より）など。所属事務所は、ワタナベエンターテインメント。来歴・人物1981年5月14日、静岡県静岡市で次男として出生[1]。その後磐田市（旧・静岡県磐田郡豊田町）で少年時代を過ごす。スポーツが得意で、中でも野球においては中学生時代にシニアリーグ
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<![CDATA[ 野久保 直樹（のくぼ なおき、1981年5月14日 - ）は、日本のタレント、俳優、歌手。静岡県磐田市出身。愛称は、「ノック」「ノッキー」「野久保っち」「恥ー坊」（羞恥心の「恥」より）など。所属事務所は、ワタナベエンターテインメント。<br /><br /><br />来歴・人物<br /><br />1981年5月14日、静岡県静岡市で次男として出生[1]。その後磐田市（旧・静岡県磐田郡豊田町）で少年時代を過ごす。スポーツが得意で、中でも野球においては中学生時代にシニアリーグの浜松シニアで現西武ライオンズの後藤武敏らと共に全国準優勝を果たし、中学校2年生の時に明治神宮野球場でホームランを打つという快挙を成し遂げた。興誠高等学校に進学後は通算23本の本塁打を放ち、中日ドラゴンズのドラフト候補リストに名が挙がっている。3年生の時にはキャプテンも務めている。<br /><br />高校卒業後「人に夢やパワーを与えたい」という思いから上京、東放学園に進学[2]。卒業後すぐに芸能界に進むことは出来ず、アルバイトをしながら独自にオーディションを受け続ける。この時期に都内某派遣会社の派遣社員としてプラダでドアマンをしていた経験がある事を後のTV番組等で何度か語っている。その後、50社近くの芸能事務所に履歴書を送るなどし[3][4]、「ワタナベエンターテインメント」に所属。<br /><br />自主制作映画の出演等を経て、2005年、得意の野球を舞台とした漫画の実写版テレビドラマ『H2～君といた日々』に出演。本作品が実質的なデビュー作品となった。同年8月には『WATER BOYS 2005夏』にも出演。これ以降は本人曰く「エキストラ扱いの役」が続き[5]、『ひらめ筋GOLD』、『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』等バラエティ番組での活動が中心となる。この時期に共演の多かった同じ事務所の先輩である安藤亮司、同期デビューの三田村瞬、D-BOYS所属の和田正人らと合わせて「MEMBERS ONLY」と称されていた事があるが、この名称は当時4人のほか事務所に所属する若手俳優らの情報を載せていた携帯サイト内の特別企画の名称で、正式なユニットではない（「MEMBERS ONLY」のサイトは現在も存続している）。2005年11月から所属事務所のサイト内でブログを開始する（2008年4月、エキサイトブログに移行）。<br /><br />2006年、テレビ朝日系バラエティ番組『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』内「芸能界潜水選手権」コーナーに出演する。2006年9月4日放送の同番組2時間スペシャルにおいては、「ダイナミック・アプネア・フィン無し[6]」で安田大サーカス・団長の115mを抜き、当時の潜水日本記録である116mを樹立した[7]。日本記録の更新直後にテレビ出演した際は、「仕事がほとんどなくて頑張る事の最後のチャンスだと思っていた」と号泣しながら語っている。これ以降も度々Qさま!!のこのコーナーに出演するなど、少しずつ名を広めていった。なおこの頃は、潜水日本記録保持者（2位）という表記でバラエティに出演することも度々あったが、今ではプロ野球元ドラフト会議指名候補と表記される機会も多い。<br /><br />2006年11月29日、CX系クイズバラエティ『クイズ!ヘキサゴンII』に初出演。翌2007年4月には、歌手・SEAMOのシングル「Cry Baby」の初回限定盤DVDに収録された楽曲「マタアイマショウ -tears ver.-[8]」のミュージック・ビデオに出演し、俳優として音楽業界へも足を踏み入れた。<br /><br />一方で、前年から出演していた『クイズ!ヘキサゴンII』では引き続き珍解答を連発。2007年7月以降、のちに「アラジン」を結成したつるの・上地・里田・スザンヌ・木下ら5人と共に「おバカキャラ」として一躍名が知られるようになった。2008年からはレギュラーとしても定着。同年4月には、つるの剛士・上地雄輔とともに『羞恥心』という音楽ユニットを結成し、歌手デビューも果たした（下記項目「#クイズ!ヘキサゴンII」参照のこと）。<br /><br />本人が「役者志向」と自ら語るように[9]、2008年8月公開の映画『トワイライトシンドローム デッドクルーズ』に出演（後に「主演」扱いになる）。11月からは初の連続テレビドラマのメインキャストとしてのレギュラーとなる『パンダが町にやってくる』に出演するなど俳優業でも活躍の場を広げている。<br /><br />同年9月発売のテレビ情報誌『TV Bros.』では、読者投稿ページ内で野久保を応援する「がんばれ、のっく!」という投稿が盛り上がっていた縁で、初めて単独で雑誌の表紙を飾る。10月24日には初めての学園祭に出演し、同31日には「大阪インポートコレクション」で初のモデル業に挑戦した。<br /><br />[編集] エピソード<br /><br />    * 学生の頃には安室奈美恵のファンクラブに入っていたことがある[10]。<br />    * かつては視力が悪かったが、2006年9月にレーシックを受けて視力を回復している。現在は伊達眼鏡をいくつか所有している。<br />    * TBS系『SASUKE』に出場したことがある（過去2回出場）。1度目は大リニューアルが施された第18回。しかし、当時の1st STAGEのスタートエリア「ロープグライダー」で脱落。2回目の出場となった第19回では、1st STAGEの第2エリア「ロックグリップ」で脱落した。<br />    * 高校の2学年先輩に北海道日本ハムファイターズの小田智之内野手と、広島東洋カープの林昌樹投手がいる。日刊スポーツのカープ担当記者日記によると林自身も刺激になっており、何度か連絡を取り合っているという[11]。<br />    * トーク番組において、過去に多数のオーディションを受けたエピソードを語っている。本人が語ったオーディション例としては、浜崎あゆみのライヴダンサー・オーディションやCHEMISTRYを輩出したヴォーカル・オーディションなど[12]。ほかに『爆竜戦隊アバレンジャー』や『魔法戦隊マジレンジャー』のオーディション参加など、戦隊ヒーローへの憧れも強かった。<br />    * 野球以外に様々なスポーツも得意。「WATER BOYS2005」の時も、泳ぐのが苦手だった共演者の平岡祐太などを熱心に教えていた。[13]。<br /><br />[編集] クイズ!ヘキサゴンII<br /><br />2006年11月29日放送分で初出演。珍解答を連発し司会の島田紳助に「（番組最古参おバカタレントである）香田晋の後継者が現れたよう」と言われたり、「さわやかバカ」と呼ばれるようになる。後に準レギュラー化し里田まい、つるの剛士、木下優樹菜、スザンヌ、上地雄輔と共に「ヘキサゴンおバカ6人組」として扱われるようになり、「おバカキャラ」としてバラエティ番組の仕事が増えるようになる。<br /><br />2007年8月1日放送分でつるの、上地と『羞恥心』というユニットを結成。野久保は「羞恥心の『恥』」を担当。2008年3月5日放送分でデビュー曲「羞恥心」を披露し、その後レギュラーとして定着する。<br /><br />初めて上記の「おバカ6人組」が全員共演した2007年7月25日放送分での「予選ペーパーテスト」では6点という低成績で最下位となったが、2007年11月28日放送分では21点で11位と「おバカ6人組」の中では初の20点台と中位入りを果たし「脳解明クイズ」で6人の中で初めて観覧側に回り（正確には木下も1点差で観覧側に回っている）、2008年3月26日放送分では「おバカ6人」の中で最高記録・初の半数以上の点数となる28点を獲得。2008年7月26日の27時間テレビ内でのスペシャル放送分では明石家さんま率いる『パーでんねん軍団』の予選ペーパーテストの成績が悪かった影響で9位と初めて1ケタの順位になる。2008年上半期頃は上地と最下位争いする事も多かったが、下半期頃からはつるのに次いで中位に入る事が多い。「仲間を救え！底抜けドボンクイズ」では、絵しりとりが苦手であり、絵が描けずに代表者を何回もプールに落としたことがあった[14]。<br /><br />2008年10月22日には、同番組出演者（ヘキサゴンファミリー）たちによるコンピレーション・アルバム『WE LOVE ヘキサゴン』が発売され、野久保自身は「羞恥心」「アラジン」としての他、「AIR BAND feat.雄&直」名義でも参加。さきがけ、10月4日には国立代々木第一体育館でライヴが開催され、ソロ・コーナーではAIが歌う「ストーリー」を披露した。その模様は、10月22日の同番組内で放送されている（一斉早押しクイズで正解し、一定ポイントに達したため）。<br /><br />[編集] 交友のある著名人<br /><br />    * 高橋光臣（俳優）<br /><br />    テレビドラマ『ウォーターボーイズ』での共演以来、お互いのブログで写真を載せあう事もあり、お互い「親友」と堂々と唱える仲である。高橋はその後『クイズ!ヘキサゴンII』（2007年8月29日放送分）に出演したときも「親友なんです!」とおバカぶりを競いあっている。フジテレビ系『ウチくる!?』（2008年12月7日放送）では、親友としてVTR出演。<br /><br />    * 根元俊一（千葉ロッテマリーンズ内野手）<br /><br />    雑誌のインタビューで共演以来親交があり[15]、根元は打席入場曲に羞恥心の「羞恥心」を使用している。<br /><br />    * ATSUSHI / AKIRA（ダンサー、「EXILE」メンバー）<br /><br />    元々大のEXILEファンであり、新作が出るたび共に仕事をしているスタッフからCDをもらったり購入したりしている[16]。「EXILEのメンバーとは縁がある」と自らアピールしたり[3]、過去には「本気でEXILEに入ろうとしたこともある」と語っている[17]。中でもメンバーのAKIRAは同年代且つ出身地が近いこともあって「56年会」なる親交会を結成している[18]。本人曰く「EXILEさんがいなければ今の自分はいない」とのこと[19][20]。<br /><br />    * 向井理（俳優）<br /><br />    テレビドラマ「レガッタ～君といた永遠～」で共演。高橋光臣同様に「親友」とブログで紹介している。<br /><br />    * 早田剛（俳優）<br /><br />    映画『荒くれKNIGHT』で共演以来、ブログにて「僕の弟分」と紹介している。<br /><br />    * 林剛史（俳優）<br /><br />    野久保のテレビドラマデビューの「H2～君といた日々」で共演以来、親しくしている。<br /><br />    * つるの剛士・上地雄輔・里田まい・スザンヌ・木下優樹菜<br /><br />    羞恥心、アラジンのメンバー。クイズ!ヘキサゴンIIで共演。つるの、上地は野久保を「繊細で不器用」、「優しくて気が利く」、「頑固」などと評している。<br /><br />    * 団長（安田大サーカス）<br /><br />    共に潜水日本記録保持者（野久保は2位タイ、団長は4位）の繋がりで仲が良い。野久保は「潜友」と称している[21]。  ]]>
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<dc:subject>野久保直樹</dc:subject>
<dc:date>2009-01-05T21:20:17+09:00</dc:date>
<dc:creator>shuchishing</dc:creator>
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